お年玉

私が脳脊髄液減少症で闘病していることを
よく知っている理解者だと思っている、年金生活をしている人に、
お年玉の件を相談したら、

それぐらいできなくてはダメだとの見解。

その人だって、年金生活でも、一年かけて、お年玉をあげる分ぐらい
お金を寄せておくっていうの。

私の気持ちに共感してもらえなくて、
ますます
自分が卑しい自分勝手なひどい大人に思えてきて、
悲しくなった。

たしかに、
自分が子供のころ、
多くの大人たちにお年玉をもらって、

いま思うと、本当にたかが3000円とか5000円とかでも、
あちこち子供たちに配るのは
大変だったろうなって思う。

そのころは子供だったから、
お年玉をくれるその大人たちが、
たとえば、住宅ローンを組んでいて大変だとか、
自分の子供たちの大学とかの教育費で大変な状況だとか、
だんなさんの収入が減って、ボーナスもなくて、経済的に苦しい状況だとか、

そんなことは想像もしなかった。

ましてや、その大人たちが、もしかしたら、病気で、
その治療に健康保険も効かず、
高額な医療費に悩まされているかも?なんて、

子供は想像もできない。

ただただ
お年玉をあちこちの大人からもらって、喜んでいた。

今やっとわかった。

あのころの大人たちの優しさと大変さ。
ありがたさ。

人間って、
自分がその立場にならないと、その人たちの気持ちを
想像することも、
思いやることもできないなんて
悲しいな。

だもの、

脳脊髄液減少症になったこともない医師が、家族が、

脳脊髄液減少症患者の心の悩みや
悲しみや、
生きづらさなんて、
患者が黙っていたら想像できるわけないのも当たり前。

だから、
少しでも理解してもらうためにも、
恥ずかしがらずに、
患者の本音を伝えていかなければ、
ますますわかってもらえないと思う。

もし、脳脊髄液減少症でなかったら、
もし、私が働けたら、
お金が稼げたら、
治療費にこんなにお金がかからなかったら、

自分で働いたお金で、
自分以外の人たちに、

お年玉や、いろんなものをたくさんプレゼントしてあげたい。



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