コストのかかる女だな

脳脊髄液減少症で
診断と治療が遅れたために、なかなか治らず
治療費がかさむ私は、

「コストがかかる女だな」って言われてる。

水分補給のOS1にもお金がかかる。
通院にも治療にもお金がかかる。
働けないのに医療費はかかる。

私が生きているだけでお金がかさむ。

そんな私や同じような患者が、
家族から見捨てられることだって
あるんだと思う。

お金がかかりすぎる
家計費を圧迫する元凶のお荷物人間だって
思われている人もいるんだってこと。

でも、なんでそんな風に思われなきゃならないのか?

好きで
脳脊髄液減少症になったんじゃない。

他人の理不尽な暴力によって、

脳脊髄液減少症という怪我を負わされた被害者なのに、

適切に救済されず、
脳脊髄液減少症に理解のない医師や家族に、
やっかいもの扱いされる。

どうして、
こんなに治療費がかかり、

どうして、そのことで、家族にまでお荷物扱いされなければならないのか?

どうして、
脳脊髄液減少症について、少しでも理解してもらうとして、
脳脊髄液減少症のことや、
その治療で改善した症状を話すと、嫌がられたり、

懐疑的な目で医師にも家族にも見られ続けるのか?

お荷物扱いされていても、治療が受けられる人はまだまし、

いったいどれだけの脳脊髄液減少症患者が

症状のほかに、
周囲の医師や家族たちからも、
ひどい目にあっているんだろうか?

考えただけでぞっとする。

自殺者の中に、
きっときっと、
人知れず、脳脊髄液減少症患者が紛れているはず。

本人も、そこまで追い詰めた原因が脳脊髄液減少症だと
気づくこともできないまま。

早期発見早期治療の重要さや、
脳脊髄液減少症の患者が見逃されることで波及しておこる
さまざまな苦しみの連鎖を

世間は、
まだ気づいていないようだ。

いったい、いつになったら気づくんだろうか?





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